福島県南相馬市同慶寺

大晦日
福島県 南相馬市 同慶寺で過ごさせて頂いた。
原子力発電所から約17Km。

普段はここに人が住む事は出来ない。
しかし、今年は年末年始にこの地に滞在する事が許可されている。

向かう途中、もう人のいない家が寂しそうに点在する。
除染の為に集められた土にブルーシートがかけられている。
電信柱やガードレールが破壊され、車の残骸が取り残されている。
木々はうっそうと茂り、雲は流れ、星は輝く。

この地で生活していた人々が、除夜の鐘を突きに同慶寺を訪れる。
その胸の奥にある物を計り知る事など自分には出来ない。
自分の目に映り、耳に響いて来たのは
迷いがあっても、笑顔で、強く、謙虚に生きる人々の姿だった

「こんばんは。」
「ありがとう。」
「今年もよろしくお願いします。」
こんな言葉をかけてくれる。
この一言にどれほどの意味が込められている事か。

数十人の人が除夜の鐘を突きに来た。
彼らは古里に来て交わす言葉
「今日は泊まるんだ。」
「何にもないから泊まれないんだ。」
泊まると言う表現に、寂しさと同時に前向きに生きようとする心を感じたような気がする。

物事に善悪も正しい事も間違った事もない。
ただ、幸せを感じたい。
幸せを感じてほしい。
誰でも人々が幸せにならなければ、自分だけが幸せでいる事は出来ない。

今、日本国民は、世界の人類は、この現状で何をするのか。
自分の幸せと表裏一体である、家族や国や世界全体の幸せの為に
どんな一瞬を過ごすのか
どんな一時間を過ごすのか
どんな一日、一年を過ごすのか
そんな人生を生き、どんな風に死んで行くのか。
全て自由。
正解などない。
ただ、その瞬間に目の前の人と心を交わし、笑顔や愛情を交換していたい。
その為に日々研鑽を重ねて大切な物を守り抜く力をつけて行きたい。
試練も苦しみも悲しみもその為に有り難い事。
「楽」は「幸せ」の為のささやかなスパイスに過ぎない。
一瞬で通り過ぎる人生の数十年
人は何を選んで行くのだろうか。

この地で一年を終え、新しい一年を迎えた。
今思う事。
これまでも、これからも、自分には失う物はない。
何一つ自分の物ではないけれど
自分と全体の幸せの為に、大切に思う物の為に
現実的な能力をつけて、出来る限りの事をしていく。
これから身に付いて行く力も財力も何もかも
家族や国や世界の人々の幸せや、自然との調和の為に流し切る。
それは自分の義務でもやるべき事でもない。
自分の幸せそのものだから。

今この瞬間に幸せでいられる事に心から感謝する。
全てお陰様。

去年は本当に世話になりました。
あなたのお陰で今の自分が在り、幸せを感じる事が出来ます。
どうもありがとうございます。
この一年がお互いに取って素晴らしい年になりますように。

今年もどうぞよろしくお願いします。

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