今、日本へ向かう飛行機の乗り継ぎでメキシコ滞在中にこんな動画を見つけた。
「とてつもない日本」
感じ方は人それぞれだと思うが是非見てみてほしい。考えるきっかけ、話の種になれば幸いだ。

日本を離れて約4年。
自分なりに日々痛感していた事がある。それは「日本はとてつもない」という事だ。
日本にいた頃そんな事は考えもしなかった。しかし海外の国々での様々な経験からそう感じざるを得なかった。それはどの国が優れている、劣っているの話ではない。単に「個性」や「違い」に過ぎないのだが、日本の個性は「とてつもない」と多くの国の人々に好感を持たれているというのは紛れもない事実であり、自分自身強く感じさせられている。
この事についてのこれまでの自分の経験をここで紹介したい。

3年前、オーストラリアに着いてすぐにバナナの収穫の仕事を貰った。この時殆どお金を持っておらず宿代を払う事も出来なかった。その状況を知った農場はまだ一日も働いていない自分に宿代を貸してくれた。有り難いと同時に不思議に思っていたが、「命の恩」がある農場に報いる気持ちで一生懸命働いた。そして気付けば収穫チームを率いる立場になっていた。
この仕事は60キロから80キロになるバナナの大きな房を木から切り離し、担いで運ぶという作業を一日中続けるという重労働だった。この仕事場で世界中から集まっている労働者を指導し、率いる立場として働きながら周りを見た時、なぜ農場がまだ働き始めてもいなかった自分にお金を貸してくれた、つまり「信用」してくれたのかがはっきりと解った。
この重労働を始めても、体の比較的小さいアジアの国々の労働者は殆ど残らなかった。自分が働いた時期だけで日本以外のアジアの国々の労働者を20人以上見たが一日以上保ったのは10分の1以下だった。しかし体の大きさも強さも変わらない日本人は7割以上残るのだ。理由の大半が体の故障だった為、仕方のない事だが、一生懸命仕事を教え、励ましても半日で去って行ってしまうのを見送るのは何とも寂しい物だった。
ヨーロッパ人など、体が大きく強くて仕事をこなせてももキツい事はキツいので愚痴が出てしまう事もあるし、割に合わないと働かなかったり辞めてしまったりする人も居た。
そんな中、日本人の労働者は体中を激痛が襲っていても笑顔で楽しみながら仕事をしていた。最初の一週間は朝目が覚めればベッドから起き上がる事すら難しいほどの痛みが大半の人を襲う。それでも笑顔で仕事場に来て、やりがいを感じている事がはっきり分かる笑顔で毎日働いていた。それはもはや「賃金の為の労働」を超えた働きだった。
不作で苦しい時期にも、労働者からの不満も出る中、バナナを探しながら一日中農場を走り回りながら苦しいはずなのにいつも笑顔ですぐ後ろについて来て支えてくれたのも日本人だった。その時には感謝と共に感動して涙を流してしまうほどだった。
その時にはっきりと解った。「だから農場はまだ一日も働いていない自分を信用してお金を貸してくれたのだ。」そして改めて農場に感謝をし、その時の同僚に感謝をし、そして信用したくなるような働きを代々その土地で続けて来てくれた日本人の先輩たちに感謝した。
ここで確信したのは日本人には「決めた事をやり抜く」という強さがある事。そして「忍耐」、「信念」という言葉が日本語特有の意味を含んだ物であるという事。そしてそれらが随所に現れているということだ。それは剣道、華道、茶道など道がつく物を始め、分野を問わずどこまでも際限なく極め続けて行くという文化、姿勢だ。
(ここでは割合の話をしたが日本以外の国から来た本当に良い同僚にも恵まれた。イギリス、フランス、エストニア、オーストラリア、カナダ、フィジー、韓国、台湾、中国の仲間たちを尊敬すると共に心から感謝している。)
(この仕事場は最高に楽しかった。この頃についての記事や写真や動画はこちら。)

その後に始めたダイビングのインストラクターの仕事でも、日本人だけが別の扱いを受けていた。それは日本人のお客さんの質や求める事が特殊であるという事も大いに関係あるのだが、日本人のインストラクターは求められる仕事の質がとても高かった。日本人のインストラクターは他の国のインストラクターと比べて圧倒的に多くの魚に精通し、安全に対する意識も高く、お客さんに喜んで頂く為の意識も努力もとても大きかった。その結果、英語力が低く管理的な立場になる事がまれでも、ほとんどの日本人インストラクターが同僚から一目置かれ、頼りにされ、信用され、会社に重宝がられていた。
この頃にほとんど洋上に住んでいる状態で毎日海を眺めながら、これからの時代、日本が世界の調和のために果たす役割が大きいのだと痛感した。(その事についてはこちら。「日本の果たすべき役割」

今年の二月いっぱい、日本でホピ族の長老、ロイ・リトルサンの通訳として日本全国を講演に同行する。彼とは本当に良い同士になれたのだが彼はいつも常識のように言っている。「世界を平和への門にする為に今こそ東と西を繋げる必要がある。その為に最も重要な事が日本を目覚めさせる事だ。」

日本を目覚めさせる為に本気で活動をしている海外出身の方の存在も知った。
エハン・デラヴィさん「古代意識ルネサンスは日本から始まる。」
彼のホームページ
このような方々の事は日本が世界に対して果たすべき役割を自分なりに考えた後で知り、とても驚いた。

その他にも小さな出来事がたくさんある。例えば

グアテマラで通りすがりの住民に「日本人か?日本人はとてつもなく頭がいいよな!」といきなり言われたりすることもあった。

ホンジュラスのコパン遺跡、グアテマラのティカル遺跡では日本語、英語、スペイン語で日本の援助に感謝をする旨の看板が出入り口に置いてあり、どの施設が日本の援助で作られたのかが明記してある。

ペルーのマチュピチュでは入り口に日本語で「世界人類が平和でありますように」と書かれた杭が誰の目にもつく所に刺さっている。英語や他の言語も併記されている。これについて調べてみるとこの杭は五井 昌久という人物が立てたピースポールと呼ばる物で、世界180ヶ国に合計10万本以上が設置されている(wikipedia参照)とのことだった。

アジアや中南米、オセアニアの国々を多数の日本車が行き交い、車の話になると必ずと言っていいほど「車はTOYOTAが最高だ。」と皆口を揃えて言う。
アメリカ人「アメリカではみんな国産車に乗ってるけど、それはメンツやプライドのせいだよ。今は日本車が最高なのは明らかだけどみんなただ認めたくないんだよ。俺はそんな物は置いといて、素直に最高の日本車に乗るよ。」

日本のアニメの浸透は凄まじく様々な国の「オタク」に出会って来たし、子供たちはアニメのキャラクターの名前を叫んでくる。

「すし」や「からて」などの単語が通じなかった事は今の所どこの国でも一度もない。今メキシコの空港の出発ロビーで隣に座っている子供たちは「にんじゃー!ごー!」と叫びながら人形遊びをしている。

日本ではコンビニでトイレを使っただけで「有り難うございました。」と言われる。これは有り得ない事だ。他の国では愛想のない接客をしてお礼を言った客を無視する事すらある。

大災害が起こったときの人々の態度は世界中を驚かせた。今でも時々この話題を持ちかけられる。

「昔は良かったが日本は変わった。」などと言う人も居るがそんな台詞はどこの国のどの時代でも言われ続けて来た事だし、誰がなんと言おうと日本は他国と比べれば清潔で安全で親切な人が多くて豊かな国だ。

付け足しだが、日本は歴史的に見ても異質な国だ。まず一つの国がこれほど長い間続いている例は他にない。

また、
歴史的に見た日本人の特徴の一つは変化に強いという事であったと思う。近代のみに限って言えば
265年間続いた封建制の江戸時代からアジア諸国の陥っている状況を見ながら、西洋列強の脅威にさらされたとたん、日本自ら明治維新を成し遂げて文明開化。国の形を守った。
小さな島国で、歴史上海外との戦争を殆ど経験せず、その上江戸時代の長い平和の後であったにも関わらず、戦争になれば他国の予想に反して無類の強さを発揮し、大国ロシア、中国を下し、当時圧倒的な軍事力を持っていたアメリカと3年以上に渡り戦い続けた。(戦争を肯定している訳ではない。)
戦争を放棄してからは経済成長に尽力し、戦後、終戦1945年から23年後の1968年にはGDP世界第2位の経済大国になっている。
(もちろんこれらの出来事の背景には複雑な状況が有り、純粋に日本人だけの力で成し遂げた訳ではなく、これらの出来事と同時に悲しい歴史もある。しかしここでは単に「日本人の特徴の一つとしての変化に対応する力」を見る為に歴史を引用した。)

もちろん自分自身、日本に対して(ここが改善出来れば)と思う部分もある。
地域の繋がりが薄れ、隣の顔も知らない事が少なくない。孤独を感じる人が増えている。
高齢化社会になって来ている。
受験競争のプレッシャーから、子供たちの選択肢の自由度と視野が広がり難い。
外国語が苦手で、国際的な場では引っ込み思案になりがち。
労働時間が多い。
他にも思いつくが、そんな事は誰もが自覚している事だろう。日々それを痛いほど感じながら生活している人も多いのではないかと想像する。
しかし良い面についてはしっかりと目を向けているだろうか。実際には気付く機会が少ないのではないだろうか。自分の良い所を認めて誇りを持って生きて行くのは悪い事ではない。自分で自分を認めれば痛いほど自覚している改善点は少しずつ工夫して良くして行けるはすだ。
だからここではそのバランスを取る為にこう言いたい「日本はとてつもない国だ。」

これからの時代、日本が世界の平和の為に人や国や自然の調和を創って行くために大いにその力を使える国になる事を期待しているし、それは可能だと信じてる。
そのために一人一人が「とてつもない日本」の国民である事に謙虚な誇りを持って、改善すべき点は改善しながら、失いかけている伝統も含めていい物は良いと認め、この変化の時に楽しく新しい時代を作って行こうではないか。「変化に強い」「忍耐」「信念」はこれからも追い風をもたらしてくれる。
皆で前向きに生きて行ける事を祈りながら。
これは間違いない。日本はとてつもない国だ。

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