脱原発への一歩

小泉元総理が最近、反原発を主張して大きな話題になっている。
こんな記事まで出ている。
「小泉元首相、小沢氏が“共闘”の衝撃情報 「原発ゼロ」へ連携の可能性も」

この見出しを見た瞬間、ゾクッとした。鳥肌が立った。
記事の内容を要約すると「反原発という同じ目的を持ったこの二人が今後、連携する可能性も無くはない。根拠も具体的な動きもないが、流れを見るとそうなるかもしれない。それが起これば野党再編も有り得る。」と言うようなこと。
見出しは大袈裟と言わざるを得ない。
とは言え、鳥肌が消える訳ではない。

確かに可能性という意味では、筆者の言う通り流れ次第では有り得ない話ではない。
脱原発を支持する国民は6割~8割と言われている。この数については様々な情報が飛び交うが、優に半数を超す事は確実。
このタイミングでここまで言い切った小泉元総理が本気でない訳はない。
彼の人生の中で、「脱原発達成」の優先順位が他に失う物よりも高ければ、見出しの内容が現実化する可能性は低くはない。彼自身が、「総理大臣が脱原発を決めれば国民がついてくる。」という発言をしているが、裏を返せばもし総理大臣が原発を推進し続ければ、小泉元首相らに民意がつくと言う事にもなりえるだろう。

ここから先に行く前にはっきりさせておくが、自分は脱原発をすべきだと思う。
しかし、脱原発派の方にも聞いてほしい。
一番恐ろしいのは、脱原発の勢いだけで自民党や安倍総理を悪役に仕立て上げて、脱原発をめぐる「戦い」になる事だ。
当たり前だが、安倍首相の本心は自分には解らない。
しかし、今までの「発言」や「行動」の蓄積を見れば日本の事を思って生きていると感じる。
まず、仮に日本を本気で思っていると仮定して話を進める。
なぜ原発を推進するのか。
仮に日本を本気で思うなら、理想は「脱原発をして汚染や健康被害にも対処しながら、インフラは完璧に保ち、経済も安定させ、国際関係も全く問題なく、国民の権利も守られ、国防も完璧にする。」
これは原発推進派も大多数が同じではないか。
しかし、事はそう単純じゃない。

外交を将棋に例えると、人によって見える駒が違う将棋。
国民には見えず、総理大臣にしか見えない駒は敵、味方問わず無数にある。
王手をかけられれば、まずこの一手は王を守らなければならない。
日本や国民の命そのものに王手をかけられて、その瞬間、この一手でそれを守らず脱原発の一手を打てば対局は終わる。
仮に彼が日本の事を心から想っているとしたら、我々に見えない脱原発を妨げる無数の駒に王手をかけられているのではないかと感じてならない。
だとすれば彼は脱原発派にとっても戦うべき敵ではなく、同じ方向を向く味方だ。
我々に出来るのは、一人一人がよく学び、知り、能力と意志を持つ事だ。
我々から見えない敵の駒を知らないうちに押さえ込めるような味方の駒を増やして、総理大臣として脱原発に踏み切れる現状を作る事が一番合理的だ。

今感情に任せて彼を引き摺り下ろして、代わりを立てれば現状は良くなるだろうか。
これは今やトップを誰にするかという問題よりは、国民の質にかかっている。
日本国民が、今すぐに脱原発をしてもなんとか出来ると、誰もが確信出来るだけの能力があれば、必ず実行出来る。
実際に現状で代わりが勤まる人物がいるようにも見えない。

仮に安倍首相が日本の事よりも自分自身の事を考えていると仮定しても、国民のやるべき事は同じだ。
彼は独裁者じゃない。
国民が脱原発可能な能力をハッキリと見せて、その為の議論が民衆から活発に起こって、人や国を守りながら脱原発が可能な素晴らしい案が多数出てくれば、その状況で総理大臣がそれを実行しなければ瞬時にそこから降ろされる。

どう考えても、特定の人物や政党を批判する時間を使って、大替え案を模索する事、その為に勉強し、スキルを身につける方が脱原発達成の為に圧倒的に合理的だ。

一番恐いのは根本的で最終的な目的を同じくする仲間同士、日本人同士がこの危機的状況でさらに大きく割れて争う事。
今、野党と国民の大多数が安倍政権や自民党と全面的に対立するなんて事になれば、味方の一手を打とうとする手を押さえこんで、何の手も打てずにどちらにしろ対局が終了するなんて事になりかねない。
敵は特定の主義や思想や方法論を持った人間じゃない。
敵は恐れの種を育てて別れようとする力だ。
ただ表面、一つの側面だけを見て、安易に否定して敵視する事は最も危険な事だ。

合理的で前向きに力を合わせて目指す事が最も重要だ。
安倍総理の本心がなんだろうと、自民党が何だろうと、日本国民にその十分な能力が備われば、脱原発は必ず出来る。
逆に国民にその力がなければ誰がリーダーになろうと、国は様々な問題を抱いて沈む事になる。
この事実は絶対に揺るがない。
ならばその能力をつける事に集中しようではないか。
単純この上ない。

批判や否定は楽に自分を肯定する手段だ。
だからこそ人はそこに流れる。
必要なら否定的な情報の拡散も重要だ。
それによって知るべき事を知る人もいる。
しかし、その時に自分がなぜその人や団体を否定したいのか、その心の動きをよく見る必要がある。
感情論に走ってただの批判目的の批判になっている恐れもある。
そうなってしまえば、実質的な前進はない。
忍耐を持って自分を磨き、強い駒を増やす事こそが個人に出来る一番現実的で確実な手段だ。

その上で、リスクを承知で勇気を持って踏み出すべきだ。

小泉元総理の言葉を引用する。
−−今すぐゼロは暴論という声が優勢ですが。
「逆だよ、逆。今ゼロという方針を打ち出さないと将来ゼロにするのは難しいんだよ。野党はみんな原発ゼロに賛成だ。総理が決断すりゃできる。あとは知恵者が知恵を出す」
「戦はシンガリ(退却軍の最後尾で敵の追撃を防ぐ部隊)がいちばん難しいんだよ。撤退が」
「昭和の戦争だって、満州(中国東北部)から撤退すればいいのに、できなかった。『原発を失ったら経済成長できない』と経済界は言うけど、そんなことないね。昔も『満州は日本の生命線』と言ったけど、満州を失ったって日本は発展したじゃないか」
「必要は発明の母って言うだろ? 敗戦、石油ショック、東日本大震災。ピンチはチャンス。自然を資源にする循環型社会を、日本がつくりゃいい」

共感する部分は多々ある。
旅をしている中でも実感する。現状が分らない土地でも行ってからその場で全神経を集中してなんとかする。やりたい事も様々な手段でやり切る。その方法はそこに行く前は想像もしなかった事である事がほとんどだ。
言語だって、出来なきゃ死ぬから覚えられた。日本にいたなら、日本語以外の言語は一つもやらなかった。
旅でなくたって、赤ん坊は産まれる前に(どうすれば自分は話せるようになるか)、(どうすれば立てるようになるか)なんて心配はしない、その環境にいて初めてなんとかする。
この小泉元総理の言葉には共感出来る。
しかし、気をつけなければならない。

船長が舵を取るとき、星や風や海面や鳥など出来る限りの情報を元に方向を決める。
しかし、その決断の善し悪しは結果からしか解らない。100%の確証をもって進路を決められる瞬間などありえない。
日本と言う船が脱原発に舵を切る事は当然リスクが伴う。
リスク承知で決めるべきでも、状況が違えば決断も変わる。
船員の大多数が左に舵を切れと言っても、船員の大半がその方向に無数の暗礁がある事も知らず、操船技術も未熟で、目に見える天候だけでそう言っているなら、船長がそっちに舵を切るのは難しい。
しかし、船員達が暗礁の存在を知りながら、それを回避する技術と自信があり、嵐を避けながら航路を維持する為にそっちに行くべきだと言うのなら、その方向に舵を切る事のなんと容易い事か。
前者の状況で、船員が船長に不満を持って、彼を殺して左に舵を切れば船が沈む可能性が高い。
後者の状況をつくらなければならない。

今ならそれが出来る。
日本人同士、協力し合いながら、いい形で脱原発が成される事を願ってる。

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