今滞在しているアリゾナ、ホピの国のファームに最近スペイン人がきたのだが、話の流れで彼女がこんな事を言った。「スペインのサルベーニャにはアケラーレって言うお祭りがあって、そこでは悪魔を祭るのよ。」

物凄く疑問に思った。悪魔信仰の存在は知っていたが、人々に災いをもたらす物をどうしてわざわざ祭るのか。理由を聞いてみると。
「全然分からないわ。でも皆楽しむ為にその祭りに行くのよ。その日に思い切り騒ぐ為に一年間我慢して生活している人もいるくらいよ。」

このことがずっと引っかかっていた。なぜ恐ろしい物を喜んで祭るのか。

数日後インディアンに関する本を読んでいると、ある物語に目が止まった。
「ある朝の事、巨人モーショップがコッド岬で眠りから目覚めると、靴の中が砂で一杯になっていました。そこで靴を入り江の上で逆さにして砂を落としました。すると落ちた砂が二つの島になりました。ノペとナンタケット島です。さらにモーショップは、巨大な氷山をシャベルにして入り江を掘り、砂と粘土でノペを大きくし、自分で住む事にしました。この時シャベルから落ちた砂は、エリザベス諸島、ノーマンズ・ランド島、そしれ危険な暗礁として知られるデビルズ・ブリッジとなりました。
このデビルズ・ブリッジという名は、モーショップの話を聞いたヨーロッパ人によって付けられました。彼らにはキリスト教の神話にない神人は全て魔界の存在であり、インディアンにもモーショップは悪魔だと教えました。もちろんアクイナの人々は今まで一度もそんな話を信じた事はありません。また断崖の下のモーショップが眠っていたと言われるところには、同様に「悪魔の穴」という名前がつけられています。この名がモーショップから来たと知る人は、今日ほとんどいません。」
(氷山で入り江を作るなんてなんと科学的な!けれどその話は別の機会に。今回のポイントは悪魔)

スペインでも同じ事が起こったのではないかと思い、歴史を調べてみた。
するとスペインの土地には古代、イベリア人、フェニキア人、ケルト人などが居たという。
ケルト人と言えば多神教の様々な神話が日本でも有名、ゲームの世界観などに引用されている。ケルトの音楽をベースにしたエンヤも有名だ。
そこで彼女に、ローマ人、つまりキリスト教が来る前はどんな宗教があったのか聞いてみると、こんな答えが返って来た。「宗教というよりは自然信仰。パガニスム(Paganism)って言う宗教よ。詳しくは解らないけど。」
意味を調べてまた驚いた。

  1. 異教徒[多神教徒]的精神[態度]
  2. 異教[多神教]信仰
  3. 異教徒[多神教徒・無神論者]であること

(キリスト教以外の訳の解らない宗教という言い方だ。ローマ発祥の言葉は他にも驚くほどの傲慢さを感じられる物があるがそれもまた別の機会に。)

つまり多神教であったらしい。
やっぱりそうかと思い、こんな仮説を話してみた。
「アメリカン・インディアンにはこんなお話がある。多神教の神をキリスト教信者が悪魔に仕立て上げて歴史に忘れ去られている。スペインでも元々多神教に基づいたある神を祭っていた文化が、キリスト教が来た時に悪魔とされて今に残っているのではないか。」
さっそくスペイン語で調べてくれた。

「わかった!大昔にあった集会が元なんだって!昔の信仰で人が集まって女性神と男性神にヤギを使って祈っていたのが元なんだって。」
ヤギと言えば悪魔がよくヤギの姿で描かれている。

「そう言えば昔、魔女狩りで昔ながらの信仰と知識を持って薬草の使い方や、体にいい料理の作り方を知っていた女性がたくさん殺されたのよ。」
魔女狩りは日本でもよく知られていると言ったら驚いていた。

女性神、男性神といえば、かつてインカ帝国でパチャママ、パチャカマックとして信仰されていたがコロンブスとキリスト教の到来で殆ど失われたらしい。余談だが、ボリビアの知る人ぞ知る喧嘩祭りはパチャママに血を捧げるものらしい。

日本には八百万の神という概念が今も根強く浸透しており、それは世界的にも有名だが、こうして見ると、北中南米、ヨーロッパ、ギリシャ、エジプト、インド、アジアの国々、多神教は世界中で信仰されており、ローマを始めとした一神教を前に似た運命をたどって悪魔にされたり、忘れ去られた神々が世界中に居た事が解る。

勝者によって残される歴史は真実からかけ離れている事が殆どだが、より多くの物に触れる事でその陰が見えてくる。

日本国内にもこのように隠され、変えられた歴史が無数にあるようだ。
今の世界が理由もなく今のようになっている訳ではない。複雑に絡み合った長い歴史の先端に乗っかっているのが現在。よく見れば歴史の改ざんの後は明らかな矛盾として見えてくる。真実は見えないとしてもその矛盾は多くの場合、理由と勝者の思惑があってそこに存在する。そうでない場合ももちろんあるが、思惑があった場合逆にその背後にあった物語を想像する手掛かりになる。

科学的、神秘的、先鋭的、民族的、日本から、様々な国から、出来る限り多くの視点で物事を見て行きたい。
多くの人と共に学んで交流を深めながら、世界の真の姿を見極めたいと思う。