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人は生きる為に死の危険やストレスを遠ざけようとする。
しかし、人は死の危険やストレス無しには生きられない。
人はそれらを求めて、楽しむ。

人がマリオをやりたくなるのは穴があって敵がいるから。
あのゲームの中で死にたくないからと時間制限が終わるまで一歩も進まずにジャンプで敵をかわすだけの人生など誰も選択しない。
全てのステージが穴も無く平らで敵もいなければ、誰でも安全に全ステージをクリアして長い寿命を全う出来るが、誰がそんなゲームをやりたいと思うだろうか。

全てのゲームに生き死にが関わる訳ではないけれど、
必ず、目標があり、試練があり、それを順番にクリアして行く。
苦しいときも、悔しいときも、疲れるときも、緊張するときも、ストレスを感じるときもある。
しかし、努力を重ねて、技術を磨き、知識を広げ、勇気を持って進んで行く。
なぜそんな事をするのか。
それは人が堪らなく、そう言う事が好きだからだ。
そこに、楽しみがあり、やりがいがあり、達成感があり、喜びがある。

死の危険やストレスか、達成すべき目標や試練が、
それが無いゲームなど誰がやりたいと思うだろうか。
人生も全く同じ事ではないだろうか。

人は結局、死の危険もストレスも必要不可欠なのだ。
『生存』と言う『生』の一側面だけに固執してしまえば、
人は生きてはいられない。
『死』と言う要素も生きる為に必要な人生の一部なのだ。

リスクを無くそうとしても無くなる訳がない。
その上、無くなってしまっては完全につまらない。

どうせ取るリスクなら、楽しい人生を生きる為のリスクを取りたい。
愛したい物を愛し護るためにリスクを取りたい。
美しい物を見る為にリスクを取りたい。

どの道、死亡率100%。
その瞬間を自分の責任でハッピーエンディングにすれば良いだけの事。
認識する世界は自分の意識の投影。
ハッピーエンディングにすればそうなる。
愛したものからの愛を感じながら、
自分の人生と言う大作を特等席で眺めながら笑って死ねば良い。

大切なのは、ただ長く生き残る事じゃない。

どう楽しく生きて、どう楽しく死ぬか。
どう良く生きて、どう良く死ぬか。

最初から、『死』も『リスク』も生きる事に必要な物。
死が遠のいた社会だけど、もう一度、死ぬ事から人生を考えよう。
単純に、生きるのが楽しくて仕方ないって顔をした人とすれ違いたい。
会話はワクワクする事や、夢の話が良い。
そして会う人逢う人好きで堪らないって思いたい。

価値観は人それぞれ。
選ぶゲームも人それぞれ。
何よりも自分自身に取って、
最高にいい人生を!!

写真 ドイツ・ベルリンの壁前

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