限界なんて無い。

自分を過大評価し過ぎないでほしい。
自身の限界を見切るほどの能力はあなたには無い。

自分の限界を読み切った気になって
そこから先を独断で立ち入り禁止にして
そこに自主的に踏み込まないようにする事で
自分で予想した限界の正しさを結果論的に証明してる。

”慎重さ”は生き残る為に有効な性質。
けど、その予想は大抵間違ってる!

人は昨日出来なかった事が今日は出来るもの。
一年前は想像もしなかったような事をいつの間にかしているもの。

今までどんな風に変化してきたか良く思い返してほしい。
ハイハイが立って歩けるようになって、いつの間にか言葉を覚えて、出来る事がどんどん増えて行く。
そしてその上で素直に考えてみてほしい。

この無限の可能性の連続の世界で
本当に自分の限界が見切れるだろうか。
そんなはずは無い。
それほどの能力があれば今すぐに将棋でも麻雀でも株取引でも天文学でも量子力学でも世界一になれる。

そもそも限界なんて無いし
あってもそれ自体が変化し続ける
どうせ読み切れやしない。

そしてその上で
読み切れない時に、無理矢理設定する限界はほとんど必ず低過ぎる。
見えない領域があったら、その一番手前で立ち止まる。
人間は慎重になって「ここから先は不確定だな」って所を「限界」と定めがちだけど
そんな時は大抵まだまだ行ける。
今の自分に想像出来る程度の事は大抵出来る。
「こんな事ができたらいいけど、自分には無理だな。」なんて具体的に思える事は殆ど出来る事の範囲内。
やりたいと思った事は本気を出せばやり通せる。

別に限界すれすれで生き続ける事をすすめてる訳じゃない。
重要なのは、一度の人生どう過ごすのが楽しいかってところだけ。

例えば
部屋の中で産まれて
ドアの向こうに何があるか分らない状態で
開けたら危険かもしれないと思っただけの理由で
一生ドアを開けないで
向こうに何があるか分らないまま部屋の中で一生を終えた方が楽しいかどうか。

もし明日死ぬなら
今何をするか。

今は自分の背中を押してあげられるのは自分だけ。

人生が一日よりもほんの少し長いせいで
そう言う事を後回しにしがちだけれど
人生が一日よりも長いからって
その中のたくさんある一日一日を薄めてしまう必要は無い。

よく人が言う「今を生きる。」ってこういうような事だろう。

普段本気で向き合わないかもしれないけれど
その瞬間が「今」でもいいんじゃないだろうか。

大して長くない人生の中で
誰にも読めない変化し続ける無限の可能性の連続の流れの中で
どんな風に生きたいのか。

ただその時に、自分を「過大評価」し過ぎないでほしい。
本気で生きれば、人は生きたいように生きられる。

良い一日を!

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立ち止まったときの自分への覚え書き。
そして、ほんの少しでも楽しい生き方が出来る人が増える小さなきっかけになる可能性の為に。
人は楽しいから生きる。
多くの人にとって当たり前の事だろうけど、時に忘れる事もある。
この言葉が、「今」必要な人に届きますように。
読んで下さって有り難うございます。