パリからロンドンへのバスの旅。
運転手と仲良くなって休憩所でお茶をおごってもらった。いい人は本当にどこにでもいる。
ロンドンでは、昔ヨットをやっていた頃にお世話になった人の所で数日間お世話になる予定。当時の事を思い出すと熱い物が込み上げてくる。楽しみだ。
イギリスに渡る直前に入国審査がある。今まで別室で質問を受けた事はあったが入国出来なかった事はない。なんの悪いイメージも無く望むが今回は勝手が違った。
審査官は窓口でいくつか質問をする。そして、
審査官「個別に質問をする必要があるからここに残りなさい。バスはもし入国許可が下りたら次ぎに来た物に乗ってちょうだい。」
無職である事、様々な国を激しく飛び回っている事が引っかかっているのは明らかだ。
ロンドンで落ち合う予定だった相手には迷惑をかけるが、ここでは絶対に反論してはいけない。
自分「分ったよ。」
数十分待たされて、ボディチェック。
また週十分待たされて、荷物検査。
また数十分待たされて、個別質問。
一時間以上待たされて結果通告。
入国拒否。
彼女は言う「あなたは無職の期間が長いし、イギリスで仕事を見つけて不法滞在する可能性が高い。」
自分「でもイギリスからスペインの航空券見せたよね。」
審査官「あんな安いチケット捨てるのは簡単よ。どうやってそうしないと証明出来る?」
自分「普通チケットがあれば十分だし、値段の問題じゃないし、捨てない事の証明なんてできないよ。」
なるほど。結構理不尽だ。潔白を立証し様のない未来の悪事。
審査官「もう決定した事は覆らない。議論の余地は一切ないわ。これは確定次項よ。あなたは無職だし、あなたの友達はあなたに仕事をあげる気でしょう。あなたが持っていると言った額のお金をあなたが持ってる事は信じない。あなたが日本に帰る理由もどこにもない。」
よくそこまで決めつけられるもんだ。
大きな権威を背景にこの状況でこういう言い方をする人の決定は覆らない。
自分「分ったけど、もしもう一度来るとしたら、どうしたら通してくれる?どんな情報が必要?」
審査官「それは各審査官の判断だけよ。でもあなたは一度拒否されてるから入国出来る可能性は殆どないわ。他のイギリス入国審査に行っても結果は同じよ。だってあなたが無職である事や多くの国を飛び回ってる事実は変わらない。いつか仕事を持って出直して来なさい。」
とっさに思う。
各審査官の判断次第。
他の審査官なら行ける。あまりにも理不尽過ぎるし、この人は想像で物を言い過ぎてる。一度拒否されてるとしても提示する情報量を増やせば不利な状況は相殺出来る。
自分「分った。また明日来るよ。」
審査官「時間の無駄だから来ない事を祈るわ。今からフランスの警察が国境のフランス側まで連れて行くからここで待ってて。すぐにくるから。」
待つ事二時間、フランス警察が来る。
最初に乗っていたバスのドライバーが去り際に言っていた。
ドライバー「もし万が一入国拒否されても、ここからパリ行きのバスに乗れるように手配しておくから。」
審査官にも念を押してくれていた。
しかし、彼女は聞く耳を持たない。
「いいから警察と行きなさい。」
フランス側に行くと誰も英語を話せない。
ただここから門をくぐれと言う。
バス会社の名前を見せるとあそこだと指を指す。
門をくぐると扉は閉まり、もう戻れない。
そこは国境沿いの土地。
ショッピングモールだけがぽつんと建つ郊外。
何処なのかも分らない。
審査が始まったのが三時過ぎだったのに、このときは既に夜。
最寄りの最終バスはもう行ってしまっている。
当然ここまで乗って来たバス会社のバスは通っていない。
どうするか。
もう一度だけ挑戦する事だけ決めて情報収集に向かう。
仕方ないし、悲観するメリットもない。挑戦すると決めたならなおさらただ前向きに淡々と進むだけ。これはこれで楽しいだろう。
人に聞いて回っていくつか分った。
・この付近の街からは自分の乗って来たバス会社のバスには乗れない事。つまり高速道路の中のあの国境審査には戻れない。
・ここから最寄りの街からフェリーか電車でイギリスを目指す事が出来る事。
・この道を真っすぐ行って右へ曲がってしばらくして左に曲がると最寄りの街に行けるという事。
・その街まで徒歩でだいたい1時間半かかるという事。
幸運にもショッピングモール閉店間際にWIFIに繋がれるポイントを見つけた。
警備員に少しだけ時間を貰ってこの付近の地図をだしてカメラで撮る。そしてロンドンにいる恩人に現状を報告する。
フェリーターミナルの位置は時間内に特定出来なかったけれど、当たりはつけた。
コンパスとカメラに収めた地図を頼りに暗闇の中、複雑に入り組んだ高速道路を歩き始める。
歩道など無く、橋の上ではスタンドバイミーを思い出してにやにやしながら車に轢かれないよう、時に走り、時に車線を変えながら歩いて行く。
歩く事約一時間、歩道が備わった道に出る。
と同時に目の前に野うさぎの赤ちゃんを咥えたイタチが現れる。イタチは驚いてのウサギの赤ちゃんを話して逃げて行く。ウサギは負傷で歩く事も出来ず、声を上げてその場でもがいている。そのすぐ近くには兄妹と思われる赤ちゃんが周りをうろうろしている。
イタチは距離を置いてじっと様子を見ている。自分が去ればすぐに仕留めに戻ってくる。
ハっとする。
これが「現実」だ。
はっきり言って、元々この現実の中では入国拒否だの、路頭に迷うだの、お金を損するだの、そんな事はへでもない事。
歯を食いしばって野うさぎをそこに残して立ち去る。
深夜2時、街に着いたけれど空いている建物はない。駅も閉まって人気もない。
フェリーターミナルの場所も分らず、どこかで少し眠る事にする。
公園を見つけるが、何か嫌な予感がする。昔強盗に襲われた公園と雰囲気が似ている。
いくつかの入り口を確認し誰もいないので中の目だたない所で荷を降ろす。
と、足音が聞こえてくる。
怪し過ぎる男が暗闇の中真っすぐ向かってくる。
荷物を担いで真っすぐその男の方を向く。
自分「ボンジュール!!」
怪しい男に挨拶して真っ先に公園の出口に向かう。
男は踵を返して去って行く。
寝る気も失せた。
公園を出ると同時に道路の向こうから怪しい男が声をかけてくる。
男「おい!ちょっと待てよ。」
荷物を担いでいる状態ではどうせ逃げても向こうがその気なら追いつかれる。
万が一の時は仕方がないけど、戦いたくはない。
立ち止まって男が来るまで待つ。
自分「何か用か?」
男「タバコあるか?」
自分「吸わないからないよ。」
男「こんな所で何してる?」
自分「国境で放り出されて右往左往してるんだよ。」
男「俺も同じようなもんだよ。」
自分「ここの出身じゃないのか?」
男「ケニアのジャングルから来たんだよ。マサイ族って言うんだ。」
マサイ族は知ってる。こんな所で出会うとは。
すぐに意気投合。
彼は明るいけれど芯は真っすぐ。
目線は柔らかいけれど揺れない。
面白い話をたくさん聞かせてくれた。
パスポートなしで手ぶらで旅を続ける彼なりの方法。
対ライオンの戦い方。戦ったときの話。
食べると蚊に刺されなくなる魚。
などなど、
建物を指差して言う。
マサイ「これは牢屋か家か?」
「あんな所よりも外で寝た方が良いよ。」
地面を指差して言う。
マサイ「なんでこんな物で覆いかぶすんだ。」
「土や草の上を歩きたいよ。」
「俺はジャングルで産まれていつも外で寝てた。国では靴もはかない。」
彼がフェリー乗り場の場所を知っていたので、一緒にフェリー乗り場へ歩いて行く。
マサイ「フェリーに乗るのか?こっちだよ。」
いつかケニアに遊びに行くと約束してフェリー乗り場で別れる。
フェリー乗り場は空いている。値段もそこまで高くない。
行こう。
早朝5時。
何一つ分らない状態から
やっとここまで来た。
6時に入国審査が空く。
それまでに20分限定のインターネット接続を見つけて、追加の航空券を予約して、残高証明を出して、スペインの友達とのメールのやり取りを見せられるように準備する。
再挑戦の時
審査官「昨日拒否されてるのか?」
自分「昨日拒否された最大のポイントは証拠不足で俺がイギリスを出国する事を彼女が信じなかった事。だけど今回はそれを証明する為の資料をそろえて来たし、出国する事を信じてもらえれば俺の入国を拒否する理由はないはず。今日は入れてもらえる自信がある。」
それから4時間ほどかかって結果、
審査官「通って良いぞ。」
やった!!!!
入国拒否から彷徨う事約13時間、汚名返上。
なんとかすれば、なんとかなるもんだ。
面白かったし多くを学んで、良い出会いもあった。
ただの観光なら諦めていたかもしれないけれど、会いたい人に会うのを諦めるのは難しい。
4年前から会いに来たかった。
本当に通れて良かった。
船から見える大海原に自由を噛み締める。
ようやく少し寝て、ドーバーへ。
今、ドーバーからロンドンに向かうバスの中。
窓の外、美しい畑や街並が流れて行く。
一通り文章を打ち終わって、隣に座ったおばさんと話しをする。
「ひ孫がね・・・」
「イギリスではここに行きなさい・・・」
「あれは・・・って言う物よ。」
温かいなぁ。
イギリス入国。
ありがとう!