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サンダンスの儀式に参加してきます。
四日間断食断水をしながら踊り続け、自分の肉を切って血を捧げる感謝のセレモニー。
そこだけを見ると苦しい事のようだけれど、実際には感謝が詰まった美しい祈り。
アメリカン・インディアンの文化は現代でも現実的で実用的な物が多いと感じるけれど、この儀式もその一つ。感謝、命、愛、誕生、季節、生涯、死、自然、出産、苦しみ、祈り、助け合い、意志、循環。その他にも無数の学びがこの中に詰まっている。

人々は産まれてから貰い続けて生きている。我々が無から創り出した物は無い。ただ貰い続け、その恵みで生きている。体を貰い、太陽や土から、他の命から食料を貰う。光や風、水や木々、必要な物、美しいもの、全てがただ与え続けられている。
そこに感謝以外のどんな感情が有り得るだろうか。それをどう伝えれば良いのか。どう表現すれば良いのか。
それを完全にする事は出来ないけれど、出来る限りの方法でかえそうとした人々の感謝の表現でもある。何かで返したい感謝を外から手に入れた物ではなく、四日間断食断水をして浄化して、出来る限り自分自身に近づけて、その上で自分自身の血と肉の欠片を捧げる。
自分の体でさえも貰った物で、人は毎日のように動植物の命その物を貰って生きている。
これでも足りる訳は無いけれど一番自分その物に近い物を捧げる事で、感謝を体現する。

捧げものをする時には体に刺した木の棒をロープに繋いでそのロープを木に結びつけて引きちぎる。
日常から離れて死に近づいた状態で、自分の意志で自分の肉を切ってロープから解放される事は産まれる事も意味している。
この四日間を四年間、年に一度行う。今年で二年目。この四は春夏秋冬の一年の季節、幼年、青年、壮年、老年、の人生の季節を表している。その四日間を自分の意志でやり通して、自分の意志で痛みと出血を伴って産まれる。
その事で自分の命と人生への感謝、そしてかつて自分の為にこれ以上の苦しみと共に自分を産んでくれた母親への感謝を痛感する瞬間でもある。

女性と男性の違いを理解し、お互いに違いを理解して尊重して、感謝をし合うきっかけにもなる。

断食断水を四日間行う事は自然の恵みの有り難さをそのまま体験する事でもある。

そして、そこにいる人々はダンスの中で祈り続ける。自分の為に祈る人は誰もいない。大切な人、家族や部族、世界や自然の為にそれぞれの想いで祈りを捧げる。自分が苦しみを感じるほどその祈りは強くなり、多くの物を苦しみから救うと信じている。
誰かの為に自分が先に苦しみをくぐり抜ける。そんな人が数多くいた民族だからこそ、日本人もインディアン苦しい時代を超えても未だに存在しているのではないか。

そのセレモニーの会場ではサポートをしてくれる人も重要な意味を持つ。その助けなしではダンサーは踊る事が出来ない。ダンサーはサポーターに感謝する。サポーターはダンサーが自分以外の物の為に踊り続け、血を流している事を知っている。それに感謝をする。ダンサー同士はもちろん、その和を囲む人々も皆が一体感を感じ、感謝を持っていい物のために祈る。

自分自身と向き合って、自分の真実を見てこよう、迷いは必要ない。
苦しみや恐れでギリギリに追い込まれた時、自分自身をとらえることが出来る。そこで話をしてこよう。
誰がなんと言おうと自分の人生では自分の真実が真実。

命の際にほんの少し近づいて、一歩進もう。

行ってきます。