アリゾナ・ホピの国

色々な事があった日の夕方、(どんな土地でも人間関係って難しいもんなんだなぁ。)なんて思いながらどうしたもんかと考えていると、急に歩き出したくなった。大自然と向き合いたくなった。美しい場所で様々な音や風の肌に当たる感覚、雲や草木の動きなど、感じられるあらゆるものに同時に感謝を感じながら集中すると、自分がその一部で体に境目が無くなるような感覚になる。その感覚はとても心地よく、自分の中心に戻れるような気分になる。とにかく歩こうと思った。
そんな訳で一人パイプを持って歩き出した。パイプセレモニーは感謝を心に強く持つ事と心と体を一つにする事ができる。そこがとても気に入っている。
丘に登るとそこにはこの農場のオーナーだったタイタスの墓がある。石を積み上げたシンプルな墓。そこで挨拶をして、心のままにまた歩き始める。
崖へ向かい、急な坂道を上る、すると断崖の手前に広場が現れた。そこには石を丸く配置した小さなメディスンホイールがあった。

それを少し眺めて崖へ向かう。ほぼロッククライミングのような感じで進んでいく。下駄を履いていたので足下には気をつけていたが、正直下駄も意外と使えるもんだと感心した。登山靴とはもちろん比べ物にならないが底が固い分ビーチサンダルよりは断然岩場に適している。
登っていると、突然洞窟が現れた。そんなに深いものではない。中を見ると、奥には小石が小さな砂の山に乗っかっている場所があった。美しい場所。ここでパイプを吸う事にした。
7つの方角、あらゆるものに感謝を捧げる。
岩の隙間から夕日が差し込み、砂漠の地平線。その上には薄紫に染まり始めた空が見える。
少しの時を過ごして帰路に付く事にした。

途中先ほどのメディスンホイールをまた見かけた。
東側の石には丸い穴が空いていて、その外側には地面に平らな石が置いてあり、内側にはクリスタルのような石が置いてある。

その部分を何気なく眺めていると外側の平らな石の外側から穴の空いた石に向かって蟻が歩いてきていた。よく見るとその蟻は二匹繋がっていた。その繋がり方に気付いて驚いた。前に居る蟻が後ろの蟻に腹の部分を噛まれて、胸と腹がほぼちぎれていた。糸のような細い組織でかろうじて繋がっている状況だった。妙なのは後ろの蟻は前の蟻に食いついた状態で無傷のまま死んでいて、歩いているのは致命的な深手を負った前の蟻だったという事。ちぎれた体で力強く自分に食いついたまま死んだ蟻を引っ張って歩いている。
その蟻を眺めていると真っすぐ穴のある岩に向かっていく。その岩に当たると一瞬立ち止まり真っすぐ登りだした。
穴を迷いもなく潜り西側に出てそのまま登っていく。その動きは全く衰えを感じさせない。
上に辿り着くと、まず北の端に歩き、南の端に歩きほぼ中間の一番高い所に戻り、自分が歩いてきた方向、東側に身を乗り出してぴたりと止まった。触覚は萎れた花のようにうなだれて、生気が全く感じられなくなった。死んでいた。丁度日が完全に沈む頃だった。

何を見せられたのか。なぜ前の蟻は死を目前にしてあそこへ真っすぐ歩き、一番高い所で夕日を背にして絶命したのか。なぜ無傷の後ろの蟻が前の蟻に致命傷を負わせて食いついたまま死んでいたのか。蟻には意図があったのか。偶然なのか。あそこへ死にに行ったのか。自分に死に至る怪我を負わせた相手の死体を運んだのか。

あまりに強烈な光景を目の当たりにしてその場から動けなくなった。
蟻に意図があったのか、そうだとすれば何を想っていたのか。あるいは全てはただの偶然なのか。その答えは分からない。ずっと分からないのかもしれない。それでも心に深く何かが刻まれた。

瀕死の状態で全く衰えを見せずに敵の死体を背負って歩き、特別なルートで特別な場所へ行き。死に場所を決めて、止まった瞬間に日没と共に絶命した一匹の蟻。

これが人間であったらどんなに壮絶な光景であっただろうか。どんな思いで登り切ったのか。そう思うと種族は関係なく一生物として尊敬の念さえ湧いてくる。

生きる事、死ぬ事。
生き方、死に方。
必ず訪れるもの。
死に方は、古く日本人が大切にしてきたものでもある。

どんな死に方をするかは分からない。
しかしいつかは必ず死ぬ。
ただ、後悔のない、いい死に方をしたいものだ。

※写真は後日訪れた時のもの。