img_3255

暗闇の向こうにあるはずのもの。
穏やかな海と、空。
その間を光の粒がひも状に連なって、
吊り下げられて水平に伸びている。
その下を、別の光の粒が、列をなして左右に行き交っている。
明石大橋。

巨大な建造物を見るといつも思うこと。
しかし、国生みの伝説の地。
イザナギ、イザナミによって最初に生み出された島。
そのおのころ島だと言われる淡路島の光る輪郭を眺めながら、
いつも以上に、思う。

「古代をここに生きた人がこれを見たら、どう思うだろうか」
「人間の仕業だと信じられるだろうか」
「彼らはこの光景をどう表現するだろう」

雲がかかる夜は、ひときわ暗くなる。
暗闇の向こうにあるものを恐れずにいられることが、
また日が昇り、この暗闇に光が満ちると疑わずにいられることが、
どれほど幸せなことだろうか。

幼い頃から、どれほどの夜を恐れてきただろう。
暗闇、見えない世界は、
恐れをはっきりと映す鏡。
何を信じ、何を信じられないか。
暗闇にはっきりと浮かび上がる。

世界中の無数の暗闇を経て、
かつて恐れたものは、
消えずに、ただ、
恐るべきものでなくなった。

絶望は、
絶望のままで希望になった。

今は暗闇の鏡の中での呼吸が一番深く通る。

頬に雫が当たる。
パタッ、パタッ。サァー。
街灯に照らされて、無数の雫が線となって落ちるのが見える。

ちょうど横にあったバス停に腰掛ける。
どれほど座っていただろう。

ふと、
メキシコの夜を思い出す。
拙いスペイン語で、ローカルバスを乗り継いで国境を目指した日々。
「国境付近は本当に危険だから気をつけろよ」
「昨日、ここで武装した奴らにたくさんの人がさらわれたよ」
「俺はここに住んでて、たくさんの友達が殺された。」

思えば、恐い夜はたくさんあった。
ガテマラの森はゲリラが潜むという。
ヒマラヤには山賊が出るという。
エジプトやイスラエルでは近所で爆破が起きた。
アフリカでは無数の友達が追い剥ぎに遭っている。

毎日、ブログに言葉を残し続けた。
なぜだったか。
毎日、死ぬかもしれないと思っていたからだった。

もし死ぬなら、後悔だけはしたくない。
せめて、未熟なりに、
これまでに学んだことをどこかに残して、
たった一人でもいいから、
誰かの役に立ててもらいたい。

死を意識しながら考えることはなんだったか。
「どうしたら人が幸せに暮らせるか」
「どうしたら、戦争や格差や環境問題が解決できるか」
出てくるのはそんなことばかり。
そして、
「心の底から、愛したい」
それだけだった。

人間の底にはそれしかないとつくづく思い知らされた。
それを知って、絶望は希望になった。
世界中の誰を見ても、全ての動機はそこにあった。

「愛されたい」
という人も、
「愛されたい」のは「愛したい」から。
愛されないと、愛してはいけないと思い込んでいるから。
だから愛されていると感じるために、渇望する。
それが時に、欲となって破壊を生んでしまう。

「無条件の愛」なんて言うと、凄い事のように聞こえる。
しかし、それは愛を作り出す力ではなく、
愛したがっている自分の心に、
「愛してもいい」と許可を与えるだけのこと。

もともと全ての人の中に無限にあるものを、
明るみに出してもいいと、
恐れる自分を諭すこと。

なぜ、
それを明るみに出すのか。

何かを愛する瞬間が、
「人にとって最も幸せな瞬間」だから。

恐ろしい暗闇に晒されて、
人のことを本気で考えられる時間は、
何よりも幸せだった。

今日が最後かもしれないと思う時に、
人を愛するのは、
最後の時間を一番幸せに過ごしたいからだった。

それが、人の本性。

安全で、死が遠くにあると、
見えなくなることもある。
死が近くにありすぎて、
混乱してしまうこともある。

それでも、
水が高いところから低いところに流れるように、
人は人の本性に向かって流れてゆく。

だから、
多くの人が信じる宗教は愛を説き、
民衆は正義を求めて叫ぶ。
親は子を守り、
若者は家族や国を守るために命を捧げる。

どんな人間が笑顔で生き、
どんな人間が苦しみの中に不平不満をつぶやくか。

社会を見れば、
はっきりとわかる。

だから、希望しかない。
だから、人が好きだ。

自分ごときが、何をしてもしなくても、
大したことはない。
人の本性は変わらない。

ただ、多くの人と一緒に、
美しい世界を見ていたい。
子供達の笑顔を見ていたい。

今は暗闇が心地い。

夜が明けてきた。
歩き出そう。

瀬戸内海を西へ。

またいつか、生きている間に会えることを楽しみに。