オーストラリア 赤い迷い道

1歳の頃の自分は10歳の頃の自分に何が出来るかなんて想像もできなかった。
10歳の自分にとって20歳の自分は雲の上の存在だった。

産まれてきて、初めての人と会い、歩く事を知り、言葉を話せるようになって、他の子と会って、友達を作り、人の気持ちを考える事を知り、お金を知り、競争を知り、情熱を知り、音楽を知り、恋を知り、社会を知り、どれも目の前に現れた時には想像の及ばない未知の物だった。そんな物との出会いの連続だったから、自分も見える世界も目まぐるしく変わっていった。

この先そんな事がどれくらいあるだろうか。
これからもそんな事の連続であってほしい。
新しい土地、新しい出会い、新しい言語に価値観。
新しい活動、新しい表現。
喜びと悲しみ、幸せと苦しみ。

10年後の自分の姿なんて想像出来なくてもいい。
20歳の自分が10歳の自分に、考えている事からやってる事まで想像されて心配されても、言える事はこれだけ。「ありがとう。でも心配する必要ないよ。甘く見んなよ。お前はお前で今を楽しみながら、ただ成長する事に集中してれば良い。俺はここで同じようにやるからさ。」

真っ暗闇で先に何があるか解らないのは恐怖かも知れない。
けれど恐怖も自分の問題で、暗闇の中に何が現れてもそれこそがこれから自分に必要な物で、それを超える事がどんなに困難でも自分は絶対に諦めないと決めているなら、暗闇は恐るべき物ではなく、包みを開けていない福袋。

改めて辺りを見回すと
この先の事はただただ楽しみで
今ここを歩くのはただただ楽しいもんだ。

写真
オーストラリア あるビーチに続くはずの迷い道