北海道

【峠の声】日本縦断10〜20日目

日本縦断の試練、

それは代わる代わる訪れる。

 

日焼けで全身が真っ赤になり、

温泉に入れば全身を激痛が襲う。

 

草履で歩き続け、

足の様々なところが水ぶくれになる。

 

膝や足首が痛くなることもある。

筋肉痛も日常茶飯事。

 

テントや着替え、パソコンに非常用の水や食料を担ぎ続けて、

肩や腰は悲鳴を上げる。

 

日照りの日はアブが湧いて座って休めない。

雨の日も民家もない田舎道には腰を下ろせる場所はない。

 

一日の終盤には、

一歩一歩が自分との戦いになる。

 

しかし、日焼けは治り、太陽に強くなる。

水ぶくれも、痛みの先により強い皮膚が作られる。

脚力はますます鍛えられる。

なんでもそうだ、

最初は痛くてきつい。

 

そんな中、

数日前に中山峠を越えた。

台風で土砂降り。

前日はバス停で泊まり、

朝5時から、一日で約40kmの峠越え。

 

峠道は歩行者が全く想定されていない。

歩道の全くない橋やトンネル、

冷や汗をかきながら超えてゆく。

 

この道を最初に開いたのは、

本願寺の人々、アイヌ、北海道に移住してきた伊達藩の人々だという。

 

当時、明治新政府は国家神道を定め、仏教を排斥しようとしていた。

しかし、資金繰りに窮して政府は本願寺に依頼した。

 

伊達藩は戊辰戦争時に薩長に従わずに立場を弱め、

北海道の未開の地であった伊達に移住してきた。

2万3000石から58石に減らされて食うにも困る状態であったところ、

この仕事に従事することになった。

 

そして、この地のことを一番よく知るのは当然アイヌの人々だった。

 

熊や狼のいる山での作業は楽ではなかった。

 

“山に寝るときは飢えた狼襲い来たりて夜通し眠ることできず。

それでも益々勇気を鼓舞し力を尽くしモッコを負って土を運び、斧を採りて木を伐り、堤を築き橋を架す。

日暮に到れば即ち木を集めて火を焚き暖をとり、樹陰に露を凌ぐのみ。

石を枕し、雪を褥として千辛萬苦、良く功をなせり。“  (北海道通覧・久松義典著)

 

ゆっくりと歩いていると、

道が生き生きとして語りかけてくる。

普段感じないことが見えてくる。

 

この地で生きては死んでいったご先祖様に思いを馳せる。

普段何気なく過ごしているこの土地で、

多くのことが起こってきた。

北海道の道の多くは、囚人が過酷な労働の中、

次々に亡くなりながら開いた道だ。

 

土砂降りの中、

台風による洪水警報が鳴り響く夕方、

ようやく峠を越えてどうしようかと考えていると、

どこからともなく声が聞こえてくる。

 

「ケント~!!」

 

高校の同級生だ!

奥さんの実家から帰る途中だという。

そのまま乗せてもらい、旧友の家に避難させてもらう。

 

天の計らいは本当にありがたい。

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もしも道中、お会いする機会があれば、

その土地の歴史などを教えていただければこの上ない幸せです。

いつもありがとうございます!

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