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乾燥した大地に、赤茶けた土を盛り上げた四角い家が立ち並ぶ。
軒先に一人の老人が座っている。
深いシワの間に覗く瞳が、ぼんやりと世界を眺めている。

彼のことは知っている。
マーティン。
日本でも有名な、ホピ族の長老。

自分はかつてインディアンの思想に出会って救われた。
だからこそ、いつかこの地を訪れて、お礼を言いたいと思っていた。

目の前の長老は、曲がった腰を杖で支えて、
ただ、座っていた。
座ること以外、何一つしていない姿が、なぜか心を打つ。

「こんにちは。」
「ああ。」
「お礼を言わせてください。ありがとう。」
「ああ。」

話しかけるだけで緊張する。
聞こえていたのかもわからない。
彼は体を動かさずに、シワの中の瞳をこちらに向けて、
答えてくれた。
たったそれだけの会話で、涙が出そうになるのは、なぜだろう。

ある村人に、夕食に招待された。
プルーコーンを潰して練った伝統的な食事。
荒涼とした土地で、彼らが祈りと共に大切に育てた命。

「今日、マーティンにご挨拶をしたよ
だけど、なんだか寂しそうに見えた。」

「そうか。」
「彼は本当に頑張っていた。
伝統を守るために。
しかし、我々の多くが伝統を離れてしまった。
湧き水を汲みに行く者は、もう僅かになった。
我々は、水道を通すために神聖な土地を破壊してしまった。
それほどまでに、僅かな便利さを求めた。
水を汲まない今、子供達の水への感謝は薄れて行く。
我々の村の中にまで、コカコーラやファストフードが入って来た。
子ども達に罪はない。
彼らにはわからない。
それが何を招くのかを。
この地からいただいている恵のありがたみも忘れ、
祈りの意味も忘れてしまう。
それがどれほどに、我々の心を孤独に貧しくするか。
子ども達にはわからない。
伝統を守ろうとし、便利さを否定する年長者たちは嫌がらせを受けた。
若いものが、便利さや、美味しさ、楽しさを求めることは止められない。
その代償が何なのか、彼らにはまだわからない。
伝統を守ろうとする者はどんどん少数派になってゆく。
彼は本当に頑張っていたよ。」

この、素朴で美しい村で。
土の壁の中で。
そんな言葉を聞かされるとは。

言葉にしかけて、
言葉にできない一言が心につっかえる。
「何かできることはないかな。」

言えなかった言葉が反射する。
そして、心の中に自分の声が響く。
(自分は日本の伝統に対して何をして来ただろう)

ご先祖様の繋いで来た心を蔑ろにした代償が何なのか。
自分が何をしているのかわからない子どもだった。
インディアンの思想に救われたのは、その心ではなかったか。

ならば、自分は自分の伝統と向き合うことが、
彼らに対する礼儀ではないか。

日本でも、どれほどの人が、
それぞれの想いで、伝統を守ってくれているのか。

それから数年後、
着物での旅を終え、日本に帰って来て、
着物の世界で、職人さんに話を聞かせてもらうことがある。
皆、驚くほどに同じことを言う。

「若いもんにはこの仕事を勧められない」
「きつすぎる」
「もっと楽で稼げる仕事がある」

その言葉が出るまでに、
どれほどの葛藤があったかは、目を見ればわかる。

これほどの仕事をして、
自分の仕事に誇りを持っていない訳がない。
その伝統が、潰えてほしい訳がない。
できるなら残ってほしいと心から思っている。
しかし、心からこう言う。

「勧められない」

我々はどこまで来てしまったのだろう。
もう、この土地でご先祖様が何世代もかけて紡いて来た、
この土地との絆である文化など、いらないのだろうか。

愛する家族が大切に使って来た物を受け継ぐよりも、
使い捨てのような大量生産の新品の方が価値があるのだろうか。

「伝統」
と叫んでも、ほとんど聞こえはしない。
しかし、そこに本当の価値があるからこそ、
伝え続けたい。

我々は、
「伝統」を手放して、利便性と効率を得て、
代わりに失った物が何なのか、解っているのだろうか。

伝統に関わる活動は難しい。
自分の稼ぎにもならず、たくさんの人の利益に直結する訳でもない。
それでも、たくさんの人が共感してくれて、
応戦してくれる。
こんなにありがたいことがあるだろうか。

社会が何を選ぶのか、時が来なければ分からない。
ただ、自分にできることを精一杯やろう。
大切なものを大切にしたい。
いつもありがとうございます。

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