th_IMG_1655

人の本質は何か。
それは愛だ。

その証明は、
「今、人類がここに存在している」
これだけで済んでいる。

人という種は、
生まれたての頃は、
助けてもらわなければ生き残れない。
ではなぜ、親は子を助け、育てるのか。
愛するからだ。

その愛は親子にとどまらない。
人は愛を家族に抱き、
友人に愛を抱く。
まだ見ぬ人や、
自然界にまでその愛は及ぶ。

もし子どもを愛するならば、
その子の子を愛すのも当然の事。
どこまで遠い繋がりまでを愛すのか。
明確な境目はない。
たどれば人類は皆血縁で、
生命すら全てが遠い親戚で、
全宇宙が同じ一点から生まれた家族なのだ。

この愛がなければ、
もしも性善説が間違いで、
人は我欲、利己的な合理性を常に最優先して生きる種ならば、
人は子を助け育てず、
とうの昔に滅び去っている。

仮に、自分の遺伝子を残すために、
我欲として子どもを守るのだと言う人がいても、
遺伝子を守る事の定義を家族や親族、
遠い親族である全人類に広げない合理性はない。

争いや戦争は絶える事がない。
しかし、それもどうしようもなく、
守るものを片方しか選択できない窮地に追い込まれての事。
正しいか間違いかは別として、
きっかけはやはり愛なのだ。

人の本質は愛。
だからこそ、
人類はここまで命をつないで生きて来た。

幾度となく世代を超えて、
人はその本質を持ち続けた。
だからこそ我々が今ここに生まれ落ちている。

ここに人類の種が存在する事。
これが既に、性善説を証明している。

もちろん、子を愛さない人もいるだろう。
人を害する事を喜びとする人もいるかもしれない。
しかし、それが人の本質ではないからこそ、
水が高いところから低いところに流れるように、
多くの人は人を愛し、我々は生き残ってきた。

諸行無常も真理。
この世に変わらぬものはない。

人の本質が愛でなくなる日も、
もしかしたらくるかもしれない。
その時、人類は瞬く間に滅び去る。

それも悲観する必要はない。
人も、地球も、宇宙もいつかは終わりを迎える。

しかし、
今この瞬間、
我々がここに存在しているこの瞬間は、
人の本質が愛だと完全に証明されている。