th_IMG_3433

峠のトンネルには歩道がない。
無表情なクルマたちが、
大きく反響する音と、粘り気のある風を伴って、
肩をかすめてゆく。

「この数千の車たちに殺意はない、
しかし、一台でも手元が狂えば、
自分の人生は終わり」

為す術なし。
信じて進むしかない。

熊本から鹿児島へ。
ようやくここまで来た。

断固前進の意を持って、
出口の見えないトンネルの先を見つめる。

すると、
人影がゆっくりと左右に揺れながら、
こちらに向かってくる。

この半年、
北海道から九州まで歩いてきて、
峠のトンネルで人とすれ違ったことは一度もない。

カツーン
カツーン

トンネルの中で歩行者は、
いつも一人で、少数派だった。
なんだか少し嬉しいような気持ちで、
徐々に近づいてゆく。

薄明かりに照らされて、
姿が見えてくる。
白髪の女性が、下を向いて歩いている。
こちらに気づかないまま、
どんどん距離が縮まってゆく。

すれ違う瞬間、
ついにこちらに気づき顔を上げる、
と同時に会釈をする。
「こんばんは。」

すると老婆は、
顔をのけぞらせて、
目ん玉ひんむいてこちらを凝視してくる。
半開きの口からは声はなく、
浅い呼吸だけが漏れている。
その姿は壮年の貞子そのもの。

衝撃が体の表半分を素通りして、
背中に直撃。
強烈な悪寒と共にひっくり返りそうになる。
それを必死で、
体の表側の、腹筋、首、顔の筋肉で押さえ込む。

なんとか直立を保ってすれ違う。

(な、なんだったんだ。。)

混乱の中、
徐々に思考が収束してくる。

振り返ると、
老婆の背中がどんどん小さくなってゆく。

(まだいる。人だ。
手にはBOSSの缶コーヒーを持ってた。
おそらく、確実に生きた人間だ)

(じゃあなぜ、あんな恐ろしい形相を。)

老婆の見た世界をシミュレーションしてみる。

暗闇のトンネル、
人とすれ違うことはほとんどない。
下を向いて歩いていると、
足音が聞こえると同時に、
ボロボロに履き潰した雪駄が見える。
顔を上げると、着物を着た長髪に髭の男が目の前にいる。

(ああ、怖がらせたのはこちらの方ではないか)
(向こうが壮年貞子なら、こっちは耳なし芳一の耳をちぎったタイプの霊だ)

驚いてしまったことに反省しながら、
長いトンネルを抜ける。
ひやりとした空気に、星が輝いている。

しかし、
なぜ、あの老婆は、
あんな時間に、あんなところを歩いていたのだろう。

いや、
やめておこう。笑

縦断の道のりもあと僅か!
もうすぐ薩摩の地に入る!

今日も生きてる!
ありがとう!!

良い一日を✨