伊藤研人

①イスラム教徒に対するイメージ先行の危険
イスラム教の国々を訪問した時、明るく優しい人にしか出逢わなかった。
皆、いい友達だ。
イスラム圏にも過激な人々はいる。
しかし、それは西洋でもアジアでも世界中どこでも同じ事で、イスラム教徒そのものの問題ではない。
日本では外国語で直接情報を得られる人も少なく、アメリカとの友好関係もあるため、圧倒的にイスラム教やムスリムに対する情報が少ない。
書店に行けばイスラム教に関する書籍の少なさから、情報のアンバランスが一目瞭然だ。
このような状況のため、イスラム教徒に対する過激なイメージが先行しやすいが、基本的に善良な人々が多い。
犯罪組織は犯罪組織として扱い、イスラム教徒全体に悪い意識を向けるべきではない。
大多数のムスリムは、過激な事をする組織ががコーランを理解していないと心から嘆いている。
よく生きようとしている人々なのだ。

②偏った視点にハマる危険
現在起きている事は正義や悪で括れる問題ではない。
宗教の誕生から、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の歴史、経済の仕組み、国家の思惑その他あらゆる事象が複雑に絡み合っている。
西洋文明がイスラム圏にして来た事も、現在中東で起きている事も誉められたものではない。
全体を見れば誰が悪いという話ではない。
社会全体の不健康の一症状として今回の事件が起きている。
その部分を切除しても、社会の病の根本を治療しなければ何度でも再発する。
なぜあの土地にそのような人々が生まれたのか。
感情に流されず、理論に固執せず、
人類全体で真摯に向き合わなければならない。
このような事態によって、社会全体の仕組みの不具合が警告されている。

③状況の私的で軽はずみな利用の危険
自分の思惑を通すために、誰かを批判するために今回の出来事を利用すべきではない。
表に出て動く人に対して批判をする人には様々な種類がある。
人を潰すために行動の内容に関わらず一挙手一投足を批判するのは危険なこと。
真により良い選択肢を提案できるならば、それを広く民衆に訴える事で、国により良い選択をさせてる事が目指されるべきだ。
そのための議論のための健全な批判が求められている。

④多種多様な情報に踊らされる危険
陰謀論も含めて様々な憶測がインターネット上で飛び交っている。
各国首脳や、様々な組織の思惑。
出来る限り多くを知る事は大切だ。
しかし、同時に何が真実なのかを確かめる術はほとんどの人が持ち合わせていない。
それは認めるべきだ。
情報を利用するために集める事は危機管理のために必要不可欠。
しかし、情報に踊らされてはならない。
全ての可能性を否定せずに懸命に学び続けながら、何も盲信しない。
その上で自分に何が出来るのかを臨機応変に考え続けなければならない。

⑤諦めてはならない平和への希望
戦争をしない事を諦めない事。
戦争の先に望むべき未来が無い事は誰の目にも一目瞭然。
指導者が何を思ってどちらに舵を切っても力の本質は常に民衆にある。
戦争を避けて国を守れる明確な道を、誰かがはっきりと示す事が出来るかどうかに未来がかかっている。
そのために、日本がどんな一手を打とうが、絶望せずに人々が目指し続けて、学び続けて議論を交わし、より良い道が見えるように助け合う事が何よりも大切。
平和はもはやただ与えられるものではなく、一人一人の地道な努力の先にある。
日本は世界各国の間に立って調和させる事が出来る力を秘めている。
その先に日本の活路がある。
そこに希望を持って進んでいきたい。

※ISIS(ISIL、イスラム国)を巡って様々な想いが飛び交う中、
様々な議論の土台として必要な、基本的な事を皆さんで共有したいと願っています。
日本中に広く拡散をよろしくお願いします。