カイロ

エジプトの魂

朝、宿泊する建物の目の前で爆弾を持った女性が捕まった。
カイロは連日デモが続き、警察本部が攻撃を受け、市民との間に緊張が走っている。
街を歩いていると催涙ガスにまかれる。
目が痛くて周りが見えず、鼻が痛くて呼吸が出来ない。
政府の施設の前で衝突が起きている。

夕方、インターネットカフェで作業をしていると急に電力が落ちる。
真っ暗な室内。
客は一人、また一人と帰って行く。
(もう少しここで電力の回復を待ってみよう。)
皆やることがない。
自然と、ここの主人と客の一人と会話が始まる。
客「お前はどこから来た?」
自分「日本だよ。」
客「怖くないのか?なんでこんな時にこんな国に来た?」
冗談っぽく答える。
自分「大丈夫だよ。そっちはここに住んでて怖いの?」
彼も笑って答える。
客「怖くないよ!」

主人「俺は怖い!そして情けない!!!!」

ドアの外では、道端で人々がシーシャを吸い、紅茶を飲みながらバックギャモンに興じている。
薄明かりに煙がなびいて、果物の香りが漂う。
町中に様々なサイレンの音が鳴り響いている。

客は帰り、この店の主人と二人きり。
主人は続ける。
「こんな風に電気が落ちると誰かに尋ねたくなる。エジプトはどこにいった?
我々は偉大な文明を持っていた。かつて世界中に様々な事を教えた。
今は政治が混乱し、教育は成すべき事を成さず、国家を立て直す為の金は軍事や問題収集の為に消えて行く。政治家は賄賂をもらい、エジプトを発展させる事を放棄する事に合意して国土も国民も海外に売り飛ばす。
彼らは知らないんだ。いつか死ぬってことを。
死ねば何も残らない。
金なんかよりもエジプトをより良くする事の方が幸せなはずなのに。
人々は互いに嘘をつき、どこにも正義がなされない。
警察は罪ではなく賄賂の量で罪人を決める。

何かを開発する事すらこの国は許さない。
最も優れた頭脳の持ち主はアメリカに移って大発明をした。
彼が帰国した時に人は尋ねた。
なぜエジプトで働いてくれなかったのかと。
彼は答えた。
「もしも私がエジプトで今まで研究していたなら、未だに何一つ創る事は出来ていなかっただろう。」
なぜ。という問いかけに答えて彼は言った。
「周りを見て人に聞け。」
それが答えか?

俺の友達は橋の建設プロジェクトを立ち上げた。
渋滞を無くすような画期的な設計だった。
とりかかる前に彼は殺された。
それが答えだ。

俺たちは何かを作り上げて発展する事が許されない。
そうする事で賄賂をもらって満足してる奴らがいる。
金が何だってんだ!

俺はエジプトを愛してる。
だが海外で俺はエジプト人だと誇りを持って言えない。
そんな事は絶対にあるべきじゃない。
輝かしいエジプトの誇りと文明はどこに行った!
今この瞬間、我々には電力すらない!
爆破し、叫び、殺して、電気を止めて何になるってんだ!」

彼の目からは涙がこぼれていた。

魂を見せてくれた。
彼の感情を自分の事のように感じる。
自分の心も見せないわけにはいかない。
「日本は本当に恵まれてる。
だけど我々も失ってはならない物を失いかけてる。
その点では世界中の国が似た状況を経験してる。
でも、俺は日本の事を絶対に諦めない。
旅をしてるのもその為なんだ。
さっきは冗談っぽく怖くないなんて言って悪かった。
危険は感じるけど、気をつけてみてればなんとか大丈夫だと感じる。
ここの人々は金品目当てで襲って来る訳じゃない。
理由があってそれぞれの正義の為に戦ってる。
皆本当は優しい人々だから人に対する恐れはない。
爆弾だとかそういう物は、天災に対するような怖さを持ってる。
お互い色々あるけど、ただ諦めないでいよう。
俺は日本に帰ったら良い仕事がしたい。
その為に今ここにいるんだ。」

主人「心からの幸運を祈るよ。紅茶おごるよ。」

紅茶を飲みながら、また細かい情勢の事や、家族の事や、たわいのない話に興じる。

少年が入って来てふざけて二人を笑わせる。
「写真とって!」
撮ってあげると爆笑して走り去る。

外はもう真っ暗で。音も少ない。
「そろそろいくよ。」
「今日はお代は要らないよ。」
「いや、停電前に結構使ってたから払うよ。」
「いいから、いいから!」
「そっか。また来るよ。紅茶もごちそうさま。どうもありがとう。」

人々はロウソクを立てて話をしている。
人間は美しい。

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-カイロ
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